松は常緑を保ち、千年の樹齢を持つことから、長寿を願う吉祥紋です。また、神が宿る依代として現在でも信仰の対象として大切にされています。この柄では、新鮮さと将来性を表す若松を菱形に文様化しており、枝を中心として葉を左右対称に配し、全体が菱形になるよう構成されています。
菱形は、縄文時代の土器に既に文様として描かれていました。装束の文様として多用されるようになったのは平安時代に入ってからのことです。「菱」と言う名前は、その形が水草のヒシの実に似ていることから呼ばれるようになりました。ヒシの群生する様子から、繁栄を願う吉祥文とされています。
古来より祝言に舞う能の、筆頭に挙げられる人気曲「高砂」でも松は長寿の象徴として描かれています。2本の松を夫婦に見立て、長寿と夫婦愛を寿ぎ、国家安寧を願って神が舞うという大変めでたい曲です。
九州、阿蘇神社の神主 友成が、播磨の国(現在の兵庫県)の名所・高砂の浦を訪れた際に、銘木・高砂の松の根元を掃き清める老夫婦に出会います。その松の謂れを尋ねたところ、この高砂の松と、遠く離れた住吉の地にある松は合わせて相生の松であり、松の永遠性にかけて夫婦の長寿と睦まじさを説きました。実はこの老夫婦こそが相生の松の化身で、住吉での再会を言い残し姿を消しました。その後友成が住吉を訪れると、住吉神が表れ、長寿と平和を祝福し颯爽と舞い踊ったのです。
このように松は、初々しい若松の頃より年月を経て雄々しい大木となった老松の頃まで、四季を通して変わらぬ美しい緑の葉から吉祥を表す樹の代表格とされています。
菱形の松の上には雲の形を写した雲取文が重ねられています。雲取文は、雲の形を円弧を連続させて表した文様で、雲を重ねて空間や場面を区切る方法としてよく使われており、様々な着物や帯に見る事ができます。
この柄は、ほとんど直線で構成された松菱の上に雲取文で動きを加え、モダンで洗練された美しさがあります。長寿繁栄とともに、長い人生の様々な場面に幸福が訪れるよう、願いが込められた柄です。