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鯉

鯉は生命力の強い魚で、川魚の長として、また「鯉の滝のぼり」の故事から立身出世を意味する吉祥柄とされています。
「登龍門」という言葉が有りますがこれは、黄河上流に「龍門」という急流難所があり、ここは鯉しか登る事が出来ず、鯉がこれを登り切れば龍になるという説話から生まれたと後漢書に記録されています。この故事にあやかって「鯉の滝のぼり」は立身出世の縁起の良い柄とされているのです。

古代中国で「 科挙(かきょ)」という高級官吏の国家試験(この科挙の試験は難関であったらしく、例えば7000人の受験生のうち、100人足らずの合格率なら良い方で、その殆どが落第の憂き目を見なければならなかったと伝えられています。)に合格する関門のたとえに用いられたのがその始まりとされています。
五月人形で有名な鬚(ひげ)の 鐘馗(しょうき)さまも、郷里の期待に応えようと、はるばる上京して6回目の受験に望んだのです。が、合格発表の当日、彼の名前はやはり合格者の中にはなく、悲嘆にくれ故郷への敗北の道を、またもや帰らなければならなかったのです。
その頃、唐の玄宗皇帝は重い病の床にあり、うつつに眠る夢の中で出会った鬚の受験生から、不思議な霊薬を教えられ、そのおかげで病気は全快したのでした。夢とはいえ、皇帝に薬を教えた程の受験生なら、きっと合格者の中に居るに違いないと、探させてみたところ、鬚の受験生は不合格となって、すでに郷里へと出発してしまっていました
。皇帝は直ちに「かかる立派な人材を落第さすとは不届き千万、即刻、鐘馗を合格者の名列に加えよ!」と、合格通知の使者が鐘馗の故郷に行きました。しかし、ことすでに遅く、「何のかんばせありてか郷里にまみえん」と、鐘馗は帰路の川に身を投げて自殺をとげていたのでした。その後、鐘馗には高い位が授けられたということです。五月の出生人形、鬚の鐘馗さまは、死後に「登龍門」の難関を突破したのです。

日本では鯉は出世魚として好まれ、端午の節句に男児が立派に成長するようにと願う、鯉のぼりが立てられます。この柄はその鯉を丸紋のように図案化し、モダンさを出した柄になっています。