葛飾北斎「冨嶽三十六景 甲州石班澤」メトロポリタン美術館
メトロポリタン美術館(ニューヨーク)所蔵の錦絵にアレンジを加え、葛飾北斎の作品を京友禅で表現しました。
葛飾北斎の代表作『冨嶽三十六景』の一場面です。
石班澤とはかつての山梨県鰍沢町(現・富士川町)辺りのことで、二つの川が合流し富士川の本流となる急流で知られた交通の要所でした。
この作品でまず目に入ってくるのは、切り立った岩場の上から網を投げ入れている漁師の姿、そしてその岩場に打ち付ける激しい波涛です。川とは思えぬほどにダイナミックな激流描写は静けさを感じさせる絵の中に動きを生み出し見る者の目を惹きつけます。
漁師のかたわらで魚籠をのぞきこんでいる子供の姿がほほえましく、全体の張りつめた雰囲気を和らげてくれているかのようです。
主題であるはずの富士山は遠く霞に溶け込んでおり、まるで漁師に焦点を当ててカメラで撮影したかのような構図となっています。
また漁師と投げ入れられた網、突き出た岩をつなぐと三角形が現れ、背景に描かれた富士山と重なります。
「冨嶽三十六景」ではたびたびこのような富士山を暗示させる三角形が登場するのですが、単調になりやすい同じ形の反復で変化と余韻を作り出している点は北斎作品の魅力のひとつです。
「神奈川沖浪裏」など北斎といえば青色を思い浮かべる方が多いように、北斎の用いる青色は「北斎ブルー」とも呼ばれています。
この作品のもととなった錦絵は「藍摺」と呼ばれる白地に藍色のグラデーションだけで摺られています。のちに紅色などを加えた後摺も登場していますが、やはりこの作品といえば藍摺の青。藍摺とはいえ実際には植物の藍は使用されていません。
古くから布や糸を染めてきた藍ですが、木版から紙に転写する版画には向きませんでした。そこで登場したのが「ベロ藍」です。当時のプロシア(現在のドイツ)で偶然に発見された化学合成顔料で、現在でもプルシャンブルーという色名で知られています。ベルリンの藍を略してベロ藍と呼んでいました。ベロ藍は水に溶かして薄めても発色が良く、退色にも強いという利点があります。江戸後期、英国から中国に製法が伝わり入手しやすくなったことで、北斎や歌川広重が水や空の描写に使用して一気に広まりました。
古くから日本に定着していた藍色が浮世絵で自由に表現できるようになり、浮世絵そのものの色彩感覚を変えていくことになったのです。