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大輪菊

大輪菊

大輪菊

明治時代、ヨーロッパの博覧会に、この柄のような大輪の菊模様の西陣織の丸帯(にしじんおりのまるおび)が出展され、グランプリをとったほどに、ヨーロッパでは日本の変化咲きや大輪の菊は賞賛の的でした。そしてジャポニズムと相まって、婦人のドレスや室内装飾布にも菊柄が多用されたのです。

今では春は桜、秋は菊と日本の花を代表する菊ですが、中国原産の植物です。日本に菊が渡来したのは奈良時代以降のことで、薬用としてでした。そのためか、花を愛でる歌が多く詠まれている万葉集には菊の歌が一首もないのです。平安時代には菊の栽培鑑賞が宮廷社会に根をおろし始め、菊は貴族の花でした。「枕草子」や「源氏物語」にも菊が栽培されている事をうかがわせる記述があります。
菊が皇室の紋章に用いられるようになったのも平安時代からですが、むしろそれまで使われていた桐の方が正式の紋でした。鎌倉時代、菊好きの後鳥羽上皇の頃、菊紋が衣服や調度品などあらゆる物に使われた事から、しだいに菊紋が天皇家のシンボルとなりました。明治時代には皇室の紋章である事が定められ、皇族以外は使用を禁じられました。
庶民の間に普及したのは江戸時代で、菊の栽培が盛んになりました。徳川家康から始まり、代々の将軍達が花を愛好したことから、大名、旗本の屋敷、寺社の境内、豪商の屋敷、はては一般庶民、地方でも園芸や盆栽が流行し、江戸では見せ物小屋で菊人形も作られていたようです。
今では京都の街の路地には菊の季節になると、まるで展覧会でもあるかのように丹精込めた菊鉢が並び、美しく咲き競っています。

 

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