大胆に配置された燕子花が目を惹くこの柄は、メトロポリタン美術館(ニューヨーク)に所蔵されている尾形光琳の『八橋図屏風』を基に構成しました。
尾形光琳「八橋図屏風」 メトロポリタン美術館
『八橋図屏風』は国宝の『燕子花図屏風』の約10年後、光琳50代前半の晩年期に描かれた作品です。
特徴的な橋の部分に目が行きがちですが、花の部分を比較するとぽってりとしたデザイン的な『燕子花図屏風』に比べて『八橋図屏風』では、燕子花の特徴である花弁の根元の白い模様を表現しており、より自然で具象的になっています。
初夏のころ、水辺に凛と咲く紫や白い花。燕子花は万葉集に多く詠まれていることからもわかるように、古くから日本人に愛されてきた花です。花言葉は「高貴」、「思慕」、「幸せは必ず来る」。その昔から紫色は高貴な人が身につける色とされており、紫の燕子花の美しい立ち姿はまさに「高貴」な印象です。
燕子花を詠んだ句の中でとりわけ有名なのは、伊勢物語の中で在原業平がモチーフといわれる主人公が詠んだ句でしょう。
第九段「東下り」の一場面。都に居場所がないと考えた主人公は自分の住むべき場所を求めて友人たちと連れ立って当時田舎だった東国へ向かいます。その途上、三河の国(愛知県東部)・八橋という地で一休みしていた時のこと。燕子花が群れ咲いているのを見て一行のひとりが主人公にいいます。
「『かきつばた』の五文字を句の先頭に入れて旅の心情を詠んでください」と。それに主人公はこう答えました。
「唐衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思う」
(何度も着て体になじんだ唐衣のように慣れ親しんだ妻。彼女が都にいるからこそ遠く離れた旅の侘しさが思われる。)
この物語から「思慕」という花言葉が生まれ、燕子花といえば八橋を想起させるモチーフとなったのです。
また、花の形が飛び立つ燕の姿に似ており、燕は幸福を運んでくる縁起の良い鳥と考えられていたことから「幸せは必ず来る」という花言葉になりました。