菊は奈良時代から平安時代にかけて中国より伝えられました。中国の黄河源流にある菊の群生地から流れ出た水を飲んだ里人が延命を得たという「菊水」や、菊の葉にある露を飲み八百歳まで童の姿のまま生き延びたと言われる「菊慈童」などの伝説から長寿を寿ぐ花として人々に大いに愛され、工芸品や着物の意匠に取り入れられました。
画家・尾形光琳が大成した画風に影響をうけて描かれた文様を総称して「光琳文様」といいます。光琳は江戸中期に京都に生まれた絵師で、菊や梅、松、波など身近なモチーフを題材とし、写生を踏まえつつも細部を大胆に簡略化し洗練された作風は他に類を見ない斬新な文様として一世を風靡しました。その斬新な画風は当時の小袖の雛型本でも出版されるほど人気で、江戸時代だけでなく明治・大正にも大流行しました。
この光琳菊は菊の花を単純化した文様で、こんもりと丸い形が饅頭に似ている事から「饅頭菊」、さらに長寿を願って「万寿菊」とも呼ばれ、この上ない吉祥文とされています。