明治から昭和初期にかけては伝統的な文様の着物に加えて、流行の人物や珍しい動物・戦争や時事ニュースなどその時代の世相を色濃く映した柄が驚くばかりの大胆さで描かれています。この柄も昭和初期、日本が戦争へと向かっていった頃の世相を反映した男の子の着物柄です。
子供の着物柄には明治初期はお伽話(おとぎばなし)などの柄が多く、良い行いをすれば良い結果が得られ、悪行をすればその酬いが必ずあるよという教訓めいたものが主流でした。次代を担う子供が大切にされるようになった大正時代には西洋への憧れ、情操教育が盛んになりスポーツや文学、童謡などの文化的な柄になり、昭和時代になるとこの柄のように戦車や戦闘機が描かれるようになり、時代を反映して変遷(へんせん)していったのです。
戦時色一色となっていった昭和初期のこの柄は戦車とそれに乗った子供が描かれています。戦車は、戦争を題材にした柄によく用いられた飛行機や軍艦などとともに、子供が喜ぶ乗り物絵という形で取り上げられています。
勇ましく進軍していく様子が描写され、その戦車に乗る子供は、子供の理想像として作られている御所人形(ごしょにんぎょう)です。丸まるとしたその体型は豊かさをあらわし、それがめでたさを象徴していました。が、この御所人形に着せられている服は、軍服を模したもので、その手には進軍を讃たたえるかのように日本国旗が握られ、銃剣(じゅうけん)を持っている子さえいます。その表情は固く、子供らしく愛嬌ある御所人形のものとは思えないほどです。このように幼子(おさなご)の戦意を煽立(あおりた)てて挑発するような意匠が、子供の晴れ着にまで描かれ、幼子の無垢むくな心にまで戦時色が染めつけられ、国全体で戦争にむかってひた走った時代背景を色濃く反映した柄です。
戦後、60年あまりが過ぎ、現代の日本人にとって、戦争は過去のものになりつつあるように思われます。しかし、世界を見渡せば、毎日、どこかの国で戦闘が繰り広げられ、誰かが亡くなっているというのも現実です。戦時中の日本と同様に、どこかの国では、子供たちの戦意を鼓舞(こぶ)し、武器を持った子供たちは何の疑問も持たずに戦っています。この柄をご覧になり、身につけられた際には、是非そのことに思いを巡らせてみて下さい。「平和」とは何か、を考えるきっかけにして頂ければ幸いです。