謡曲「竹生島(ちくぶじま)」を題材にした図柄で、明治時代の物と思われます。明治〜大正時代は、大店(おおだな)の主人や財閥の男性社交の嗜(たしみ)として謡曲が浸透していました。謡曲を題材とした柄が男物長襦袢や羽裏などに好んで用いられていたのです。
「竹生島(ちくぶじま)」は琵琶湖に浮かぶ島で、ここの弁財天は現在も西国三十三箇所巡礼の第三十番札所として人々の信仰を篤めています。
『頃は平安初期。桜の花咲くのどかな春の日に琵琶湖を訪れた都人。彼らは醍醐天皇に仕える身で、都でも評判の竹生島へ参詣に来たのです。竹生島は弁才天がおわしますことで夙(つと)に有名で、この弁才天、水の神、芸能の神であると同時に武神の性格も合わせ持つと言うことで、各方面からの信仰が篤かったのです。二人の臣下が、湖畔で船を探していると、夫婦の操る船に出会い、島へ案内してもらうのです。そして社殿を案内してもらい、夫は琵琶湖の主である龍神、婦は天女であることを明かし、更に弁財天の化身であると述べ、衆生済度の多様な姿を示し、都人に宝珠を捧げると、弁才天ともども消えていった。』というお話です。
この柄はその物語に登場する様々なものが描かれています。
龍神は、赤頭(あかがしら)に龍戴(りゅうだい 頭に龍の冠を戴いただく)、打杖(うちづえ)に宝珠(ほうじゅ)といういでたちです。
箱に入っている能面は「黒鬚(くろひげ)」という名で龍神がつける面です。
打杖は龍神が持つ超能力の魔法の杖なのです。
蕪(かぶら)や碾臼(ひきうす)が描かれています。野菜と楽器の共通点をしゃれのように使っています。蕪は「根(ね)が太い」と「音(ね)が太い」(謡曲を謡うのに太い良い声が出るように)と掛けてあり、碾臼の「碾ひく」と楽器をよく「弾ひく」とかけてあるのです。
また、面箱に杵(きね)が描かれていますが、杵で餅を「搗(つ)く」ことが望月(もちづき)に、兎が仙薬(せんやく)を「搗く」事の連想から「月」を暗示しています。
「竹生島も見えたリや、緑樹影沈んで、魚木に上る気色あり、月 海上に浮かんでは、兎も波を奔るか、面白の島の景色や」と謡(うたわ)れております。竹生島を意味する竹も描かれており、天上世界を示す月も竹も、謡曲「竹生島」に欠かせないモチーフなのです。
このようにして柄を改めて見てみると、昔の方は教養も洒落も一級だなあと脱帽してしまいます。